私のおせちのことについて

祖母(父方)が作っていたおせちを食べて育ちました。

地鶏と大根とごぼうと人参と黒こんにゃくが入って甘辛く味付けしてあるものです。

あと昆布巻きです。

その魚はサバです。

数の子、白花豆、お雑煮もあります。

そして、お盆や正月に、一人暮らしをしている祖母(母方)に会うため、母の兄弟は4人兄弟でしたので、いとこと会うことが楽しみで帰省していました。

その年は、自分の実家に帰省したくてたまらない母が仕事のために、正月に帰省できないので、私と弟と一緒に先に帰省しました。

その時に、紅白歌合戦を見ながら、祖母が昆布巻きを作っていたのを思い出します。

確か、中山美穂さんがまだ十代で、顔が綺麗でとても大人っぽいというようなことを祖母が言っていました。

どちらの実家も餅は、自宅で作っては子供たちに送ってやる時代でした。

母の実家の祖母は、機械餅で一人ですべてやっていました。

思い出すのは、ヨモギと普通の何も入れない餅に砂糖が入っていて、焼いてそのまま食べても美味しい餅でした。

私は、祖母(父方)が、息子である父に勤務のスケジュールを聞き、12月28日か30日についていました。

父の勤務は勤務先に泊まりがしょっちゅうある仕事でした。

だから、聞いていたのだと思います。

祖母が手混ぜをし、父がつきます。

父の弟がよそに住んでいるので、その叔父の家の分だけ一日でつき終わらない時もあったと記憶しています。

と言いますのが、つき終わった餅を丸く片付くるのが、母や私達孫三人のお仕事だったからです。

庭に簡易のコンロというか、かまを載せて薪に火をつけて、もち米を蒸します。

その準備を明治生まれの祖母はほとんど一人でしました。

私は、結婚して上の子供が幼稚園くらいの時に、一度だけ今住んでいる家で、夫の父や私の妹に加勢を頼んで餅をつきました。

ガスの日の上におかまを載せ蒸すのを載せてもち米を蒸しました。

つくのは、夫の実家から餅つきの機械を持ってきました。

その日だけで家でつくのはしていません。

明治生まれの人や今も自分でついていらっしゃる方を本当に尊敬いたします。

餅つきの楽しみは、もち米を蒸したばかりのものを塩むすびにしてくれた時です。本当に美味しかったです。

結婚した当初は、本を見ながら、黒豆を炊き、いろいろ作りました。

でも、夫も私も地鶏が入った甘辛いのは苦手です。

今の我が家のおせちは、なぜか大きい一匹の頭までついたエビを甘辛く煮たものと金時豆の煮豆です。

夫と結婚し金時豆が煮豆だったからです。

数の子は夫だけでなく子供も大好きです。

刺身もブロックというか切ってないのを正月用に買います。

あと紅白蒲鉾です。雑煮は、祖母(父方)が作っていた焼き海老と丸餅と豆もやしと白菜と紅白蒲鉾の薄く切ったのを一枚と薄あげを入れて作ります。

味は薄口醤油で仕上げます。

大丸・松坂屋百貨店おせち